3月11日の事、思い出したくなくて敢えて避けていたけれど
オイラ達は忘れちゃいけないのかな・・・と思うようになって来た
犠牲になった方達、未だに帰る事も許されず途方に暮れている方達にとって
被害の少なく日常を取り戻しつつあるオイラ達が
何事も無いような顔をして暮らしていちゃいけないのかなって
オイラ達に出来る事は、今回の事を忘れずに教訓として残していく事・・・
そろそろあれから丸2ヶ月が過ぎようとしている
かーさんの言葉を借りて、記憶を辿ってみる事にした
3月11日午後2時46分、何時ものように職場で郵便物の選別をしていた
ぐらり。。。という感じではなく、突然どーん!と、床から突き上げるような衝撃を受けた
「地震?」「えっ?こんなに急に強くなる?」などと、職場内が騒然となる
ただその時は、すぐ止むものと思っていた。長くてもせいぜい1〜2分の事だと。。。
何分経過しても弱くなるどころか、強さを増してゆく横揺れ
巨大な「何か」が地団駄踏むような地響きに、不安が増大してゆく
「危ない、皆外へ出て!」上司の声に我に還って
机の下に常備していたヘルメットと軍手を取り
既に停電で自家発電のみとなった薄暗い事務所の廊下を走る
外へ出てすぐ側の公園を目指すものの、道は波打ち、まともに走れない
既に公園は近くのオフィスから出て来た人々で一杯
全く治まらない揺れに皆不安で携帯でどこかへ連絡したりしている
この時携帯を持っていなかった私は、まだこの地震がとんでもない事になっていて
後に「未曾有の大惨事」とか「千年に一度の災害」と言われるものになる事など
気付く余地はなかった
公園に面したマンションから聞こえる、子供の悲鳴
会社の隣りにある結婚式場から、衣装合わせの為に訪れたのか
ウエディングドレスを着たまま、式場関係者に伴われて外に出る女性
停電で信号も、コンビニの看板灯も、街灯ビジョンも全く機能しておらず
間断なく訪れる余震に合わせたようにひらひら降り始めた雪は、あっという間に吹雪いて
周りは真っ暗になっていく
降り積もる雪だけが白く鈍く光っている
一日の後始末をして、自家発電で灯りとPCは動いているものの、
暖房の消えた事務所を後にしたのは、すでに6時を回っていた
仙台駅東口の駐輪場へ自転車を取りに向うも、真っ暗で人の居る気配は無い。
暗闇の中、携帯を懐中電灯代わりにして自転車を探す。
オヤジ様は無事とのメールが、ようやく繋がったばかりだったけれど
電話は繋がらないし、実家の状況も全く不明で、とにかく帰る為に自転車を漕ぐ。
既に凍結していて滑る路面と、信号が無いためノロノロ運転の車の間を縫って
走る、走る・・・よくまあ転ぶ事も無く帰れたものだと、今になって思う。
オヤジ様が、自宅近くの駐車場から突然声をかけて来た。
契約している駐車場はブロック塀や周りのアパートと接近し過ぎていて危ない為
少し離れた場所で私の帰りを待っていたのだと言う。
ああ、無事だった。。。シボちゃんは?
「ほら」オヤジ様はシボちゃんを探し出してくれていた。
安心感と、急に襲って来た寒さが身に沁みて、私は震え出した・・・
「家の中はもう入れないぞ。明日明るくなったら部屋へ戻ろう。今夜は車中泊だな」
もう何でも良かった。
オヤジ様とヒーターの効いた車に乗り込んだ頃、あれほど激しく降っていた雪は止み、
嘘みたいに見事な星空となっていた
少し暖まると、まだ続く余震の中、現金にも空腹を感じはじめた。
家には入れないとなると、コンビニやお店で食料を調達しなければ。。。
でも帰る途中立ち寄ったコンビニは軒並み「本日休業」だの「販売出来ません」だのと
張り紙が有り、買い物など出来る状況ではない。
仕方なく、情報を集める為もあり、近くの小学校へ行ってみる事にする。
うまく行けば食べ物も頂けるかもしれないし・・・
案の定ご飯と水の配給があると言うので、既に沢山の人でごった返した体育館で行列に入る。
テレビや映画で見ていた「配給」と言うものに、自分も参加することがあろうとは、
想像だにした事が無かった。何だかとても疲れた。
突然、発電機で体育館を照らしていた投光器が光を落とし、
まだ余震の続く体育館は暗闇に包まれて悲鳴が上がった。
パニックまでは行かなかったけれど、暗闇の中ただひたすら待ち続ける事の不安と恐怖。
皆よく我慢していたものだと思う。。。
その暗闇の中で、ようやくひじきご飯の配給が再開されて、オヤジ様と二人、
それぞれ頂いてまた車へ戻り、会社へ持っていった水の残りで食事を摂る。
地震発生からようやく一息ついて、ほっとしてブログをアップした。
ガソリンが減る事を承知で、ヒーターを炊き続け
やはりバッテリーが切れる事を承知で携帯のワンセグを観る。
小さな画面に映る映像はどうもピンと来ない・・・が、しかし。
小さなスピカーから聞こえる惨状には、心臓の鼓動が外へ聞こえるかと思うほどの衝撃があった!
津波は大津波となり、私の大好きな三陸の街や村、港を呑み込んだ事。
火災の起きた家屋が、その津波に流され延焼している事。
仙台の都市ガス供給の基地となっている、宮城野区の港が炎上している事。
そして。。。私の住んでいる仙台市若林区の荒井地区で、2〜300人と見られる遺体が確認された、と言う事!
遺体確認?発見じゃないの?
なぜ2〜300なんて曖昧な数字なの?
2〜3人の間違いじゃないの?
(まだこの時、福島原発の放射能漏れは話題になってはいなかった)
暗闇の中、不安になるニュースの音ばかりが頭の中に響き
やけに星の奇麗な車の中での一夜は更けてゆく・・・